モデルの「『実寸大』規定」を嫌う生徒勢との攻防


 ①「モチーフは実寸大で描かれていること」は、②植物学的に正確に描かれていること、③背景には何も描かれていないことと並んで植物画の作品の根幹です。ところが、ガラケーにレンズが付くなど簡単な撮影ツールの普及に伴い、教室現場ではこの①が大きく揺らぎはじめてs-IMG_2898います。①が揺らぎ始めると、実は②も当然危うくなるのです。

 

もちろんボクの教室も、当初はモデルに実物の植物を使う方が圧倒的だったのですが、開設10年を経た辺りから、写真派が堰(せき)を切ったように増え始め、現在の勢力としては実物派と並ぶまでになっています。

写真の使用を許可するときにはボクも随分悩んだのですが、時勢に負けたのと、懸案だったある問題の解決になるかもしれないという誘惑に負けたのが実情です。月2回コースの生徒さんたちは、新しいモチーフを描き始めたとしてもその日の授業での進捗状況はわずかなもので、結局2週間先、4週間先と作業を継続しなければなりません。で、その間モデルの植物が保たないのです。葉はしおれツボミは咲いて散り……。

そこで条件を付けて写真の使用を認めることにしました。当初の条件は、①デッサン目線で撮影、②実寸で焼き付け、あるいはコピー、です。ところが普及した撮影器具が、必ずしもプリントアウト可能な環境にあるとは限らず、さらに、いささかの算数実習を要求する「実寸大のための拡大縮小調整」が、やったことのない生徒諸氏にはかなり厄介なものに感じられるようなのです。この辺りに関しては、防衛戦とか交渉戦術に乗り出した人がちらほら見え始めたていどなのですが、「隠れブーイング」勢力はもっと多いように思われます。

次にもう一つ。ガラケーやスマホにしてもタブレットにしても、プリントしないまま、画面そのままの状態で制作現場に持ち込む人が出始めました。これはもう言語同断です。「本物の植物をよ~く観察して描く」ところから遠く離れ、「ときどき見て参照しながら描く」ところまで落ちてしまっています。ボクが画面を見ようとして機械を持ち上げると、画面は消え、あるいはくるりと回転し、あるいは他のアルバム画面が現れ、あっ、先生、そうやって持っちゃダメッ、などと叱られ、どこかに消えてしまった画面を探しながら「ン~、もうまったく~、先生たら~ッ」、いや、そこまで怖い人はまだいませんが、とにかく絵が動いてしまうのですから指導にならない。

ではなぜ「実寸大」なのか。過去にもこれに触れたものを複数回掲載したような気がしますが、次回もう一度書きます。書いて、皆様の理解に訴えようと思います。

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