色が同じでなければならない場合 & 必ずしも同じにならなくてもよい場合


先日こんなことがありました。新入者向けの模写練習を中心とした教室オリジナルのテキストを修了したばかりのTさんが、突然、完成間近いカボチャの絵を持ち込みました。デッサンといい果皮の塗り面、縦方向に流れる薄い模様のあしらいといい、入門者としては出来過ぎです。

ところがTさんは、果実の左上に残したハイライトの部分がご不満のようで、スケッチブックを開いたのもその相談が目的でした。一方ボクは、続いて見せられたモデルのカボチャを見て、ハイライトよりも果実全体の色の相違に目が行きました。最初見た画用紙上のカボチャは濃淡の塗り分けは見事ながら、全体に明るい緑が印象的でした。次に出てきたモデルは、緑味を含んだ黒い表皮に灰色を帯びた縦縞が走る、馴染みのあるカボチャ「色」の種類だったのです。「君ねエ、この〔色のギャップ〕はまずいよ。全然違うじゃんか」。ハイライトの処理を進める前に、本体の色合いを固めておかなければなりません。多分Tさんは、せっかく美しい仕上がりに向かっている画面を、現実の暗い、黒に近い色で覆うことを嫌ったのかもしれません。

「これじゃあね、このカボチャの種類……栽培品種だけどね、違う品種として伝わってしまうよ。植物画の役目が果たせない」。じゃ、やってみます、ということでTさんは画用紙に向かい、制作続行です。

同じ日同じ教室での第2幕……。

Hさんが、水から上の部分だけ完成したホテイアオイの作品と、透明な器に水を張って浮かせた本物を机上に置き、同じホテイアオイを描いたボクの作品と見比べながら、一生懸命悩んでいます。何十本という細いひげ根が水を含んで真っ黒く抱き合い、絡み合った房のように垂れ下さがっています。「これをどう描くか、なんですが、先生のはこんなに黒くなくて薄い色で……」。「だからそんなに黒くしないで、少しくらい色が違ったっていいんだから分かりやすく薄く……」。思いがけない方向から「言ってることがさっきと全然違う……」とつぶやく声が聞こえた……ような気がしました。

Tさんには「この〔色のギャップ〕はまずいよ」とダメを出し、Hさんには「少しくらい色が違ったっていいんだから……」とゆるいことを伝え、これでは言っていることが時によって全然違うと思われるのは当然です。しかし時によって違うのではなく、オブジェクト(描いた対象)によって異なるのです。

「色はドンピシャ同じに……」ということの妥当性は、その作品において「色」の果たす役割が、その植物の本質的なところに関わるかどうか、という問題です。色が違うといっても、どのくらい違うのかも当然問題になります。花や実の色が、その品種(園芸品種・栽培品種)が提示する色の範囲を明確にはずれているならば、これは修正が必要でしょう。しかし土壌の相違などで花の色がやや異なる程度の範囲ならば、これは許されます。

カボチャの表皮の色の場合、モデルから明確に離れた色であれば、品種特定は不可能であろうと容易に予想されるだけではなく、色相や明度が大きく異なれば、通常のカボチャという観念を超えて違和感を与える場合もあります。一方多くが地中や水中にあるホテイアオイのひげ根であれば、黒に近い色やセピア系の範囲なら、多少明度がズレたとしても十分許容されるように思われ、それにより根の状態を多少とも分かりやすく示すことができるなら、むしろそちらを重視するべきだと考えます。

カテゴリー: 塗り方   パーマリンク