万葉集に拾う、皇子兄弟の三角関係!?


前回、万葉集のことをお話しし、「次回は実作品をいくつか……」と申しました。で、まず一つ。

【あかねさす紫野行き標野(しめの)行き野守は見ずや君が袖振る】(額田王)第一巻20番

作者額田王(ぬかだのおおきみ)は、皇居内では作品歌の管理を任されていた歌人で、相当の美人 だったといいます。彼女は大海人皇子(後の天武天皇)の寵愛を受け、十市皇女を出産しますが、そのころから皇子の兄(中大兄皇子)で時の天智天皇が、額田王を寵愛する関係になります。当時の宮廷内など、だれが正規の夫で、正妻はだれ……などはかなりあいまいで、あるのは「男女関係」だけだったようです。で、上に書いた部分は、どう見ても三角関係ですよね。

春のある日、薬草を摘んだり鹿の若い角を狩る野遊びをされる天皇とそれに従う人々が、広がるいくつもの野原に散りました。天皇に仲を裂かれ、今天皇に従う額田王は、自分に向かって必死に袖を振るかつての夫(大海人皇子)を遥か彼方に認め、つぶやきます。「人目もあるこの野狩りの場なのに、あんなに手を振って……。いくつものご料地を巡っている野守(のもり。「野」を管理する役人)に見られはしないでしょうか」。

これには、皇子本人による「返歌」があります。

【紫(むらさき草)の匂へる妹(いも。男女の関係の中で、妹・妻・恋人などに当たる女性)を憎くあらば人妻ゆえに我恋ひめやも(大海人皇子)第一巻21番】

「もし貴女を憎いとさえ思えれば、今は人の妻である貴女を恋するなどあろうことか」ということですが、資料はこれだけで、このような関係が事実であったかどうかなど、最終的には今も謎です。まず、額田王が美人だったということからして何の根拠もなく、万葉の歌への想いから、後世の人々が作り上げた艶やかな想像の所産に違いないのです。

とにかく資料として残されているのはこの二首の歌だけで、これさえ、「こりゃ、野遊びの後の宴で披露された戯れ歌じゃないか」という意見が明治時代、学者の間から出され、それなりの信奉者もいて、研究者の中にもこれを支持する一団があると聞きます。

こんなことを、次回にも一つ二つ取り上げるつもりです。

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