「お茶」の話と「茶色」の話


「茶」という言葉から先ず頭に浮かぶのは、緑茶や抹茶でしょうか。それとも「茶色」という色? 茶の葉をはじめとして緑茶も抹茶も緑色ですが、「茶色」は緑ではありません。しかしそういえば番茶やほうじ茶は茶色だし、緑茶も置き冷ましにすれば「茶色」に変ります。つまりタンニンの色です。

「茶色」は本来、茶の葉で染めた布の色です。タンニンを含む茶は、生きている間だけ緑の色を保ち、加熱されれば文字通り茶色に変ります。これを緑のまま飲料とするには、それなりの製法の開発を待たなければなりませんでした。

中国の場合は知りませんが、日本の場合、江戸期のある茶商がその製法を発明したのだと、何かの本で読んだ記憶があります。だから利休も秀吉も、あるいは堺の茶匠も、抹茶は抹茶でも茶色い抹茶を飲んでいました。江戸期の古田織部や小堀遠州は、緑に間に合ったのか間に合わなかったのか存じません。

しかしここでお話ししようとするのは、飲むお茶ではなく「茶色」のことです。

話は飛びます。

時計の文字盤の12時のところに「赤」、4時のところに「黄」、8時のところに「青」、つまり3原色を置きます。ある原色に、秒針の動きとともに少しずつ次の原色を加えていくと、まず次第に橙色になり、黄色味を帯びてついには黄色に至ります。黄色はレモンイエローに変り、黄緑、緑を経て青緑、青と進み、青を通過して群青、青紫、紫、赤紫、そして再 び赤に戻ります。

これは「色相環(しきそう・かん)」と呼ばれる平べったい円ですが、ここにはピンクや薄緑、白や黒、それに「茶色」などは含まれておりません。これらを全部含めると「平べったい円」には収まらず、立体に組み上げなければ説明がつかなくなるのです。

で、それはやめて、「茶色」に戻ります。茶色は、上のような「色相環」にも表れず、太陽光をプリズムで分析しても存在しません。

実は、セピア(焦げ茶)からイエローオーカー(黄土色)にいたるさまざまの茶色は、赤から黄色までのどれかの色に「黒」か「青」を少しずつ加えたものなのです。だから作り方も簡単で、まさにこの説明の通りです。

つまり、赤から黄色までのさまざまな有彩色からお好みの色を一つ選び、それに黒か青の絵具をほんのわずか(まず1/20ぐらい)加えてかき混ぜます。さいしょの色にどの絵具を選んだか、またそれに黒/青をどれくらい混ぜたかによって、多様な茶色が生まれます。

江戸時代、八十八茶百鼠といわれるほど多くの茶色や鼠色が、役者の衣装を飾ったり大流行したりしました。キラキラした原色ではなく、無彩色(白~灰~黒)を含むしっとりとした中間色が、昔から日本の大衆に受け入れられたということが、ボクには何となく奥ゆかしく感じられるのです。